記事内に広告が含まれています。

天下を取った血

織田信長とお姫様 こ金虫の日記
織田信長とお姫様

 世の中には、面白い血筋があると思う。

 例えば、織田家の血筋。

 NHKの大河ドラマにもなった有名な浅井3姉妹の一人。

 信長様は天下をとれなかったが、その姪の子供たちは天下を取った。

 まあ、信長様の血筋というステータスも大きかったのかもしれないけど。

PR

徳川家の正妻で次代将軍の母になったのは江姫だけ

 江姫は信長の妹、お市の方の3女。

 3度目の結婚で、年下の徳川秀忠と結婚した。

 秀忠が1579年5月2日生まれで江姫は1573年生まれといわれているので、6歳年上の姉さん女房。

 徳川秀忠は家康の次の征夷大将軍になっている。

 徳川秀忠との間に男子を2人、女子を5人産んでいる。

 そのうちの一人が、3代将軍徳川家光。

 ちなみに、徳川家の正妻で次代将軍の母になったのは江姫だけだそうだ。

PR

現天皇のご先祖

 2度目の結婚で生まれたのが、完子さん。

 この、和子さん、淀君の養い子(相続権はない)になった。

 その後、九条関白家にお嫁入。

 その血筋をたどっていくと、現在の天皇に行き当たる。

 3度目の結婚で生まれた和子さんと勝姫さんも現在の天皇のご先祖様。

 和子さんは、後水尾天皇と結婚し、第109代明正天皇を生む。

 現在の天皇家は、この、第109代明正天皇の子孫。

 ちなみに、勝姫さんは松平忠直の奥さんになり、鶴姫を生む。

 完子さんの子供である九条道房は鶴姫と結婚して、待姫が誕生。

 待姫の子孫が大正天皇の皇后で、昭和天皇の母であった、貞明皇后(ていめいこうごう)九条 節子(くじょう さだこ)。

 和子さん子孫である、大正天皇が和子さん・勝姫さんの子孫である九条 節子(くじょう さだこ)さんと結婚して生まれたのが、昭和天皇。

江姫の本当の名前は?

 一般には「江」姫といわれることが多い。

 が、幼名(通称)は「督(ごう)」または「徳」。

 嫁いだ後には「江与」「小督(おごう)(こごう)」。

 と、資料によってまちまちらしい。

 まあ、この当時の女性には珍しくないけど。

 ちなみに、死後に従一位を追贈された際には「達子」(さとこ/みちこ)。

 正直、「江与」「小督(おごう)(こごう)」がどうして、「達子」なるのかよくわからない。

ちょっと謎めいた江姫のお話

 江姫には、ちょっと謎な話も残っている。

 徳川家の菩提寺である増上寺の徳川家墓所発掘調査(1958年ごろ)の時に、江姫の墓も発掘されている。

 で、この時の調査で、江姫は火葬にされていた。

 増上寺に葬られた将軍一門で火葬されていたのは江姫だけだったらしい。

 なぜ、江姫だけが火葬にされていたのかは不明。

 死因(感染症とか)のせいか、はたまた彼女の意思か、他の要因か?

 いろいろと想像すると面白い。

 ついでに言うと、火葬自体は、702年に亡くなった持統天皇なんかも火葬にされている。

 ちなみに骨の研究報告では、江姫は小柄で華奢だったらしいよ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました